The Rotary Club of Tokyo-Kohoku
インターアクトの提唱について
インターアクトクラブについて(10年史、25年史からの抜粋)
 国際ロータリーに於いて、インターアクトを提唱されて以来、当クラブの故島村弁吉氏が、インターアクトについて大変熱心に研究され、今日の青少年に是非やって、もらいたいという強い願望から昭和39年4月、当時幹事であった鈴木一太郎氏に話があり、協議の結果、早急に具体化しようということになった。
 まず学校の選定をしなければ成らず、当時都立足立工業高校が設立に際し、当江北ロータリークラブで、什器備品などを寄贈した経過も有り、この学校にインターアクトクラブをつくることに意見の一致を見たものです。
 又、当時の校長鈴木精次氏は、まれに見る厳格な校長で、規律・礼儀を重んじ、しかも学校の訓育目標の中に「好意と友情をもって奉仕できる人」ということが、インターアクトの目的に一致していたことで、大いに共鳴され、早速、鈴木校長・島村弁吉氏(当時青少年委員長)、鈴木一太郎幹事で設立につき、再三相談した結果、顧問の先生に摂田喜一郎先生をお願いし、インターアクトのメンバーについては、校長・教頭・顧問の先生を始め、各学年担任の先生の協力を得て、21名のメンバーを揃えることが出来ました。
 その間、鈴木校長、島村氏の非常なご努力とご尽力により、昭和39年11月21日、どうにか設立総会まで、こぎつけることが出来ました。
 尚、昭和39年7月より昭和40年6月まで、現神守源一郎パストガバナ一が、ガバナー在任中、特にインターアクトクラブ設立について、非常な熱意と努力を傾注され、インターアクト設立の機運が各クラブに盛り上がり、続々と設立させたことは記憶に新しいことです。
 当時のクラブの社会奉仕委員長は鈴木一太郎氏で、島村氏と協力し、主に実務面を担当、先輩である浦和クラブの半田利一のご指導を得ながら、東京で始めての創立総会が行われ、更に昭和39年12月21日国際ロータリーより承認をされました。
 
 東京都立足立工業高等学校インターアクトクラブは、当時の東京江北ロータリークラブ会長黒田市治郎氏、鈴木一太郎氏を始め、東京江北ロータリークラブの会員と東京都立足立工業高等学校長鈴木精次先生のご尽力により、昭和39年(1964年)12月21日、国際ロータリーより承認をされ、誕生をしました。
 当インターアクトクラブは、日本では23番目、国際ロータリー第358地区(後に275・258に分割)では3番目、東京都では第1番目のクラブとして、20名の奉仕の理想に燃える会員によって発足をしました。
 次いで昭和40年(1965年)2月2日、東京都立足立工業高等学校において、多数の来賓の皆様のご出席の下に盛大な認証伝達式が挙行されました。
 尚、現在各インターアクトクラブで歌われているインターアクトの歌(東京西ロータリークラブ会員の藤山一郎氏・作詞・作曲)は、このインターアクトクラブ認証伝達式で始めて披露された物です。
 
 昭和40年3月13日、鈴木委員長出席の下に第一回例会を開催しました。
 例会日を毎月第2、第4土曜日とし、会費は月額100円とすることに決定しました。
 例会では、各委員会から提出された議題について、会長が司会者となり、全員で熱心な討議を行い、決定された計画に従って活動をしています。
 尚、現在では当クラブの例会日が、毎月第2、第4火曜日となっています。
 各委員会とは、「奉仕部門」「国際理解部門」「クラブ連合部門」「資金調達部門」の4部門委員会です。
 
 昭和41年(1966年)、インターアクト第3回年次大会を東京都立足立工業高等学校で開催し、国際ロータリー本部より、副会長のDr.A.W.S.Thebathasanが会長代理として出席されたことは特筆すべきことです。
 
 時代と共に社会も動き、盛会を極めた東京都立足立工業高等学校インターアクトも、高校紛争の燃えさかった波は同校にも波及し、順調に育ったインターアクトも、生徒全員加盟はクラブ活動の一つとなり、また、学校も、教師も、生徒も、インターアクト活動にどう対処して良いものか、苦慮に満ちた苦難の時代へと移り、特に同校にあったロータリークラブに対する偏見と−部教師による中傷によって、活動は停止し、身動きの取れない状況へと成っていきました。
 その後数年間、歴代の東京江北ロータリークラブのインターアクト委員長の努力により、活動再開の話し合いや呼びかけにも関わらず、結果的には活動をしないインターアクトを見守ってきました。
 歴代委員長会などでも検討され、何とか都立足立工業高等学校インターアクトクラブを往年の活動を願う地道な努力が繰り返されてきました。
 
 新しい高校をもう一つ提唱したら、という話が具体化したのは、そうした話し合いの中から生まれてきました。
 理事会の決定を経て、足立区千住にある私立潤徳女子高等学校が、当クラブがホストする新たなインターアクトクラブとして発足をしました。
 昭和57年(1982年)1月23日に結成大会を開き、5月8日に認証伝達式を行いました。
メンバーは14名のスタートでした。
 9月9日に第1回例会を開き、7月24〜25日の年次大会に9名で正式に初参加をしました。
 昭和59年(1984年)5月21日には、クラブ結成1周年行事を行いました。
 潤徳女子高等学校に対して、都立足立工業高等学校の二の舞になっては成らないとの想いから、
  1.ブラスバンド部を結成すること
  2.インターアクト年次大会のホストとして準備したこと
  3.東京江北ロータリークラブ創立25周年を記念しての留学生制度の創設
 
 静かに省みれば、当クラブは金銭的なスポンサーだけではないということを充分に踏まえて、インターアクトの原点をよく理解して、特色ある、自立したインターアクトクラブづくりに、今後とも努力して行かねばならないのです。
インターアクトクラブの歴史と経緯

昭和39年(1964年) 12月21日 都立足立工業高等学校 承認
昭和40年(1965年) 2月2日 都立足立工業高等学校 認証伝達式
 「インターアクト10周年記念誌」より
昭和40年2月2日の認証伝達式には、358地区ガバナー神守氏、パストガバナー小林氏を始めとするロータリアン10名、IC諮問委員、RC会長・幹事、東京都知事、小尾教育長、足立区長、足立区教育委員副会長など30名が出席し、こんな盛大なチャーターナイトはないと言われた認証伝達式であった。
藤山一郎氏作詞・作曲のICの歌を藤山一郎氏の指揮で発表・披露があった。
昭和41年(1966年) 9月23日 第三回インターアクト年次大会のホストを行う
昭和42年(1967年) 10月28日 年次大会に参加
昭和43年(1968年) 4月4日 国際理解に対するRC授賞
昭和45年(1970年) 7月27日 第7回年次大会に参加
  12月22日 沖縄派遣団に3名参加
昭和46年(1971年) 8月2〜4日 年次大会に参加
昭和50年(1975年) 2月15日 [創立10周年記念行事
 「インターアクト10周年記念誌」より
インターアクトクラブの目的はなんだろうか
  1. 建設的な指導力を養成し、自己の完成を計ること
  2. 他人に対する思いやりを深め、かつ力となりうる様に奨励し、実践に務めること
  3. 家庭の重要性を改めて認識し、国を愛する心を養うこと
  4. 個人の価値を認め、他人の権利を尊重すること
  5. 個人の成功、地区社会の改善及び団体としての業績を挙げる上に、個人が責任負うことを強調すること
  6. 地域社会、国家及び世界の問題についての認識と理解を深める道を提供すること
  7. 個人として、また団体として、国際理解と全人類に対する善意を増進するための道を切り開くこと
IC活動は、学校内の他のクラブ活動に比較して決して派手な活動ではありません。
しかし、奉仕の理想に燃え、より良き学校、より良き地域社会の建設、国際理解へと、幅広い運動を展開し、そして社会へ奉仕されることは、IC会員がより充実した学生生活を過ごす為にも、またより良き社会人として成長される為にも、大変意義があることです。
昭和51年(1976年) 7月24〜25日 年次大会参加
昭和54年(1979年) 7月27〜28日 年次大会参加
昭和55年(1980年) 7月27〜28日 年次大会参加
昭和56年(1981年) 12月3日 私立潤徳女子高等学校 設立準備会
昭和57年(1982年) 5月8日 私立潤徳女子高等学校 認証伝達式
  7月24〜25日 年次大会参加
昭和58年(1983年) 5月21日 創立1周年記念行事
昭和59年(1984年) 7月28〜29日 年次大会ホストを富士箱根ランドで行う
昭和60年(1985年) 8月23〜26日 沖縄年次大会29名参加
昭和61年(1986年) 7月26〜27日 年次大会23名参加
昭和63年(1988年) 7月23日 年次大会23名参加
昭和64年(1989年) 7月25〜26日 年次大会に参加
平成2年 (1990年) 8月3日 年次大会25名参加
平成3年 (1991年) 6月 シンガポール7名来日
  7月27〜30日 年次大会参加
  12月 第7回海外研修シンガポール8名参加
平成4年 (1992年) 6月 潤徳学園インターアクト10周年記念式典をルミネで行う
  8月3〜5日 年次大会31名参加
  7月 IA海外研修ニュージーランド2名参加
平成5年 (1993年) 7月29〜31日 年次大会をルネッサンス棚倉でホストを行う
  6月 シンガポール17名来日
  12月 第8回海外研修シンガポール12名参加
平成6年 (1994年) 7月30日〜8月1日 年次大会34名参加
平成7年(1995年) 7月25〜29日

年次大会32名参加シンガポール8名来日

平成8年 (1996年) 7月26〜28日 年次大会36名参加
  8月 IA海外研修シンガポール2名参加
  12月 第9回海外研修シンガポール11名参加
平成9年(1997年) 5月 シンガポール9名来日
  7月 年次大会参加
平成10年(1998年) 7月26〜27日 年次大会参加
  12月 第10回海外研修シンガポール6名参加
平成11年(1999年) 7月24〜25日 沖縄年次大会参加
  8月 IA海外研修シンガポール2名参加
平成12年(2000年) 6月 シンガポール来日10名
※平成13年(2001年)・平成14年(2002年)の両年度は、NYテロ、SARSに配慮して、海外研修を中止する

 
 
 
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